2014年10月15日水曜日

デカちゅっちゅが家族になるまで〜6

なかなか更新できませんでした。
体調が今ひとつだったこともあるのですが・・・震災のことを振り返ると筆が進まず。
ダメだなぁ〜自分(苦笑)

さて、言い訳はこの位にして、続きです。

横浜のご夫婦とデカのお見合いの後〜
私は長かったリハビリ通院を2月末で終え、夫は3月に入ってすぐ仕事でアメリカへ。
デカと私、二人でしばらく留守番です。
思い切りベタベタして、未練を残さずに里親候補の方へデカをお渡ししようと考えていました。

留守番の間は平和な毎日でした
お日様に当たって、ひっくり返ってます





















デカらしい表情(画像はよくないけど)




















そして、2011年3月11日、金曜日。
その日は夫がアメリカ出張から帰国する予定でした。
午後3時頃に成田到着の便だったと思います。
「もしかしたら飛行機が順調で早く着いて、おじさん(夫)、もう空港にいるかもね〜」などと、
2時位にデカに話しかけたような記憶があります。

アパートの二階、日光が差し込んでポカポカの部屋で、デカと私は遊んでいました。
突然、大きな揺れに襲われました。
揺れがおさまる頃にデカをケージに入れ、テレビをつけましたが何も映りません。
ベランダの窓を開けると、階下の住民が外に出ています。
「大丈夫でしたか?」と声を掛け合っていると、3mの津波警報が発令されたと防災無線放送が。
お付き合いのあった奥さんとそのお母さんに、「津波が来たら二階に来てくださいね」と言いました。
そう言いながらも、まだ津波の実感は湧いていなかったと思います。

ですが、次の第二震で「10m以上の大津波警報」と無線で聞いた時には焦りました。
ペットボトルに水を入れ、ドライフードやペットシーツを用意し、キャリーケースにデカを入れました。

一階の奥さんとお母さんが車で避難するというので、私も同乗させてもらうことに。
デカも一緒でビックリされましたが、事情を話すと「もちろん置いて行けないわよねっ」
と理解してくださいました。

ただ、避難するといっても、茨城県神栖市は太平洋と利根川に挟まれた細長く平らな地形。
鹿島灘に面し、 砂地のため高い建物がほとんどありません。
どこが安全なのか悩みましたが、取りあえず役場に行けば情報があるだろうということに。

車で3分ほどの役場には、地域の住民が集まっていました。
ロビーには大画面のテレビが設置されていて、仙台の津波の様子が映っています。
そばに中年の消防士がいたので、「私達、どこへ逃げたらいいんですか?」と聞いてみたところ、
「ここでいいでしょう」との返事に、「逃げる所が無いんだ・・・」とゾッとしました。

しばらくして外は暗くなり、役場の一階と二階に人が溢れてきました。
余震の度に建物の外へ避難しましたが、人々はパニックにはならず、なぜか呑気な感じ。
そんな中で、金沢の友人からの電話が繋がり、私と猫の無事を伝えられました。
何度も何度も電話をかけてくれたそうです。

夜になると自宅へ帰る人が出てきました。
役場の廊下の隅で、デカに水やカリカリをあげてみましたが口をつけてくれず、心配でなりません。
トイレもしたいだろうに・・・
それと、慌てて携帯電話の充電器も持ってこなかった為、電池が減って不安でした。
一緒に避難した奥さんがアパートへ戻るというので、私も乗せてもらいました。

アパートは停電のまま、暗闇と寒さの中で一晩を過ごしました。
デカを入れたケージの横にダイニングテーブルをつけて、その下で毛布にくるまっていました。
余震で揺れる度に、「大丈夫だよ、ここにいるからね」とデカに言い聞かせながら。
音も無く静かな夜でしたが、目の前の利根川からのサーチライトのようなものの点滅で、
辺り一帯がぐるっと照らされて不気味な感じでした。
あの照明は、海上保安庁の巡視艇からだったのでしょうか。

何がどうなっているのかも分からず、とにかく早く夜が明けてほしいと願うばかりでした・・・

震災の前日に撮った写真

6 件のコメント:

  1. 無事だと分かっていてもドキドキするね。
    私、あの日青山の美容院にいた。。。
    4時間くらいかかって歩いて帰った。
    プリンもまだウチに来る前のことだから、にゃんちゃんだけだった。

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    1. 母ちゃんさん、4時間も歩いたなんて・・・
      都会の方が混乱して大変だったでしょう。
      にゃんちゃんに会えるまで、不安で仕方なかったんじゃないですか?

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  2. ふーこさんの臨場感溢れる文章に涙が出ちゃった。
    とっても心細かったでしょうね!
    デカちゃんと一緒で大変だったけど、
    逆に居てくれたからご主人が帰宅されるまでの時間を
    乗り越えられたのでしょうね。

    いつもふーこさんが仰る、
    「デカらしい表情」とか「ソチオらしい表情」とかって言葉に
    ニャン達への愛情を感じています!

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    1. ほんと、自分一人だったらどうしていたんでしょうね。
      とにかくデカと絶対に離れないようにと考えていました。
      このコを守るのは自分しかいない・・・親のような気持ちでしょうか?!
      私の中の小さな母性を引出してくれた出来事でした。

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  3. あの日は本当に恐かった。会社で、皆でいても恐かった。
    ふーこさん、よく一人で頑張りましたね!
    私では、こんなに立派に対処できたかどうか。。。
    デカくんもいい子で頑張ったね!

    うちも、私が帰ったのは翌朝9時。
    洗面所から、そお〜っと出て来たちゃりおの顔が忘れられません。
    ビビリのちゃりおが、一晩中ぴーとを守って頑張って、
    玄関に様子を伺いに出て来たんです。
    あまりに健気で、おもわず抱きしめちゃいました。

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    1. 災害時って、どこでも誰といても怖いものなんですね。
      でもやっぱり一人ぼっちが一番怖いのかな・・・

      ちゃりおくんもぴーとがいたから頑張れたのかも。
      ママにに会おうと勇気を振り絞って玄関に出てきたちゃりおくんを想像したら、
      私までウルウルきちゃいましたよぉ〜〜〜

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